あなたによく似た人を知っている、と彼によく似た少女がふと呟いた。 剣城はその唐突な言葉に、少し驚いた様子で少女を見返す。夕香は、そんな剣城を真っ直ぐに見つめたまま、その人物の名を口にした。彼の兄である豪炎寺の名を。 二人は今、夕暮れの河川敷でその豪炎寺が来るのを待っていた。 豪炎寺は、自らのシュート技であるファイヤートルネードDDを剣城に伝授すべく、ここしばらくの間ずっと剣城と二人で特訓を続けていた。フィフスセクターの聖帝・イシドシュウジでもある彼の、真の目的を叶える為に。 ――本当のサッカーを取り戻す。 夕香は、兄が何故そこまでサッカーを大切に思うようになったのかをよく理解していた。 豪炎寺が、過去に幾度となくサッカーに救われたということを。そのうちいくつかのきっかけは、他ならぬ夕香の存在が原因になったこともあったことを含め。 だからせめて、今度は自分がそんな兄を影ながら支えることが出来ればと思った。 もっとも、この場においてはあくまでも傍で見守ることくらいしかやることはないのだけれど。 そして、目の前の剣城もまた。ほんの少し前まで、彼は兄を傷つけてしまったことを悔い、その為敢えてフィフスセクターに身を投じ、自らの『本当の』サッカーをすることを封じていた。ちょうど、かつて豪炎寺が妹である夕香の為にサッカーを禁じたように。 だから、というわけでもないのだろうが、夕香には何となく、兄が自分の技を託す相手に剣城を選んだ理由が分かるような気がした。 無論、目の前の剣城はそこまでは知る由もない。けれど、他ならぬ彼が、そんな豪炎寺の真の目的を誰よりもいち早く察したのもまた、彼らがどこか似通っているせいであるのかもしれない。 どちらも、大切なものを守ろうとした結果、自らを犠牲にしようとしていた。でもそれは結局、彼らが守ろうとした者にとっての望みとは到底かけ離れていたことを、夕香はよく知っている。そしてそれは恐らく、剣城の兄にとってもそうだったのだろう。 豪炎寺も、そして剣城も、今ではそれもちゃんと分かってはずだ。ただ、それでも尚譲れないもののために、今はこうして特訓を続けているのだ。 しかし、やがて剣城は顔をしかめながら、夕香に向かい静かに首を振った。 ――全然、似てなんかいない。 「俺なんかより、あの人の方がずっと強い」 それは彼の独り言に近かったが、夕香の耳にも届いていた。 剣城にとって、豪炎寺はずっと憧れの存在だった。そして実際の豪炎寺を知れば知るほど、その想いはむしろ強くなっていくようだ。 また同時に、それは自らの弱さも自覚させられることとなった。 兄のことにしろ、今にすれば自分はただ逃げていただけだ。それに引き換え、豪炎寺のその本当の目的と覚悟を知った今、剣城にはとてもそんな自分と彼が似ているだなんて、到底思えなかった。 夕香は、しばらくそんな剣城を不思議そうな目で見ていたが、やがてふと軽く笑みを浮かべてみせた。それから、 「…たぶん、あなたが思うほどは大人ってそんなに強くはないと思うよ」と口にした。 え、と呆気にとられた剣城が疑問の声を上げるよりも先に、そこで何かに気付いた様子の夕香が不意に後ろを振り返った。 「あっ、お兄ちゃん」 剣城もつられて慌ててそちらへ視線をやると、ようやく道の向こうから豪炎寺が二人の方へ向かって歩いて来ているところだった。 「悪い、待たせたな」 そう声を掛けてから、何故か複雑そうな面持ちでこちらを見つめている剣城に気付いた豪炎寺が 「どうかしたか?」と問い掛ける。 咄嗟に戸惑いを隠し切れず口ごもる剣城に代わり、夕香がどこか楽しげに口を開く。 「お兄ちゃんと剣城君が似てるなって話してたの」 あっさりそう言った夕香の隣で、珍しく焦った様子の剣城を見て豪炎寺はきょとんとしている。 そうしてすぐさま、 「…いや、似ていないだろう」 と、こちらもあっさりそう口にした。えっ、と今度は揃って呆気に取られている二人に向かい、豪炎寺は何でもないことのように言ってみせた。 「俺よりも、剣城の方が強い」 その、まるで先ほどまでの二人の会話の答えを導き出してしまったかのような言葉に、堪えきれず夕香は声を上げて笑い出してしまった。一方の剣城は、何とも形容しがたい表情で固まっている。そんな剣城へ「ね?だから言ったでしょう」と夕香が可笑しそうにそう告げる。 そんなやりとりを、豪炎寺だけが相変わらずわけのわからない様子のまま、いつまでも不思議そうに見つめていた。 |
おとなこども
(豪炎寺と剣城と夕香/20120907)