「…そんなところで一人で何をしているんだ」 「蓮」 後ろから声を掛けられて、メイデンがその名を呼びながら振り返る。 「夕日を眺めていました」 「夕日?」 彼女に従い、同じように窓の外に目をやれば、そこには辺り一面を赤く染め上げた光景が広がっていた。見事な朱色だな…と思わず蓮が口にすると、メイデンもそうですね、と応じた。 「本当に、キレイ過ぎるくらいキレイな赤…そう、まるで」 そこで、一瞬彼女は口を閉ざす。が、やがて意を決したように口にする。 「血のような色」と。 蓮がわずかに眉をひそめるのを視界の端に捉えながら、メイデンは尚も続ける。 「こうしてると、よく思い出すんです。昔のことを」 あの頃の自分は、まだ何も知らなくて。ただただ純粋に、教えられた正義を信じていた。けれども、それが決して正しいだけのものではないということを知ってしまった。そしてそのときにはもう既に、彼女は『知らなかった』ではすまされない過ちをいくつも犯していた。 「許して欲しいわけじゃないんです」 むしろ許されるべきではない。これは、自分がこれから先も背負い続け、一生をかけて償っていくべきものだから。ただ、彼女は今でも思い出すのだ。この赤い色を目にすると。かつて鋼鉄の処女(アイアンメイデン)の異名で呼ばれていた頃、彼女自身も常に血を流し続けていた。それが自分のなすべきことなのだと信じ続けて。そうして得た力で、はたして自分は一体どれだけの人間に裁きを与えてきただろう。遠い記憶を手繰り寄せながら、メイデンは言う。「ただ…かなしいんです」 本当は、自分にはそのようにかなしむ資格もないのかもしれない。でも、この赤い色をみるたびにそう思わずにはいられないのだった。 蓮は長い溜息を吐くと、それからメイデンに向かいゆっくりと語りかけた。 「オレの過去は…少し前にお前にも話したな」 「…ええ」 蓮の言葉に頷くメイデン。それを見て、蓮は更に話し続けた。 「オレもお前と同じだ。何人もの相手を傷つけ、中には殺してしまったものもいた。それは、決して逃れることの出来ない事実だ」 自分自身へも言い聞かせるように、蓮は言う。「だがオレも、その事実から逃げるつもりも、ましてや許しを乞うつもりもない。ただ、それをありのままに受け止めることしか出来ん」 でも、否だからこそ。 「二人いれば、お互いがそれを支え合うことも出来るはずだ」 蓮の言葉に、メイデンが息を呑む気配。こんな風に思えるのも、かつての自分からは考えられない。でも蓮は、それも悪くないなと思う。脳裏に古い友人の姿を思い浮かべながら。 ややあって、メイデンは改めて蓮の姿を見やる。黄昏に染まった彼の姿を最初みたとき、せつなさのようなものが湧き上がってくるのを堪え切れなかった。それは今にすれば、かつての自分自身の姿を思い起こしたせいであったのかもしれない。でも、今は違う。ただただ、目の前に佇む彼をきれいだと思った。茜色に染まるその姿を。 蓮はそんなメイデンを見返しながら、不意に呟く。 「それに…お前はそういうが、オレは」 たしかに赤は血の色にも似ているかもしれないけれど、蓮はその瞳を真っ直ぐに見つめながら言う。 「赤は、お前の目の色でもあるだろう」 それはまるで、自分の存在そのものを受け入れられたようで。メイデンの目頭が熱くなる。やがてそれは更に赤く染まる。けれどもそれは、夕日のせいだけではなかった。 |
アカネ
(蓮とメイデン/20120108)