まるで、もうずっと永い間眠っていたかのような記憶。けれども実際に意識を失っていたのは、ほんの僅かであったようだ。ゆっくりと、葉は伏せていた瞼を開く。
耳にあてたヘッドフォンから流れてくる音楽も、もう何度繰り返し聴いたことか。それでも決していつまでも色褪せることなく、そのフレーズとメロディは心地良く身体に響く。思わず一緒に口ずさんでしまいそうだ。自然なサウンドに身を任せ、お世辞にも上手いとは言えない歌を拙い言葉で紡ぐ。それでも、唄うということは楽しいものだった。
「…こんなところにいたの」
そこで、目の前で閉ざされていた扉がゆっくりと開かれた。途端に差し込む陽の光に僅かに目を細める。その先から、姿を現したのはアンナだった。
葉が今居るのは、無人島にいくつか残された廃墟のうちのひとつだ。シャーマンファイトが終わり、この地をあとにする前に今一度独りきりでゆっくりと辺りを散策していたのだ。やがて何となく目についたこの建物に居座り、しんと静かな空気に包まれているうちにいつしか随分と時間が過ぎていたらしい。
「ああ、すまん」
わざわざ迎えに来てくれたのか?と尋ねる葉に、アンナはしょうがない男だと言いたげな様子で肩を落とした。
「ほら、もういくわよ」
促されて、葉はようやくそこから腰を上げた。外へ出てみると、頭上には一面群青色に染まった空がどこまでも広がっていた。葉が朝早くにこの辺りを歩いていたときには、まだうっすらと傘をささずとも済むくらいの雨が降っていたが、それももうすっかり止んでしまったようだ。
思わず、すうとその場で大きく息をすいこむ。心地良い風を受けて、まるで魂ごと浄化されてゆくようだとすら思った。大袈裟ねと彼女は言うけれど、これは彼自身の決意の表れでもあった。
今、もう一度ここから始まる。その予感に、ほのかに胸を弾ませながら。
すると「浮かれてばかりもいられないわよ」とすかさず彼女に釘を刺された。ああ分かってるよと返しながらも、やはりアンナには敵わないなあと葉はごちる。でもだからこそ、この先もきっとずっと一緒に歩いていけるから。
さあ、と新しい世界に向かって呼びかけながら、葉はその足を一歩踏み出した。


僕はきっと旅に出る
(葉とアンナ/20140112)



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