あ、危ないと思ったそのときには、もう自然と手が伸びていた。
転びそうになったペチカを慌てて支えてやったクレンを見て、キリが思わず「おお、ドンピシャだな」と感嘆の声を上げた。そのくらい、クレンがペチカを助けに入ったタイミングが、ピッタリ彼女が階段から足を踏み外しそうになったのと同時だったのだ。
「よく咄嗟に判ったな」
感心したように呟くキリへ、クレンは何でもないことのように「ああ」と頷く。「この手のことは慣れているから」
「へえ?」
「以前にも同じような事が…」
言いかけて、クレンはそこで思わず口を噤んだ。
思い出したのだ。かつて自分もまた、同じような経験があったことを。今のペチカ同様、ユンボルとして生まれて間もない頃の幼い自分は、まだテツグンテの形状を自由に変えることに慣れていなかった。その為、日常のふとした拍子に、ちょうど今のように転びそうになったところを、クレン自身も助けられた経験があったのだ。ほんの短い期間でしかなかったけれど、遠い昔一時を共に過ごした『彼女』に。
そんなことがあったということすら、今の瞬間まですっかり忘れてしまっていたけれど。
(思い出、か…)
唐突に黙り込んだクレンを不思議そうに見つめるキリに、何も問題は無いと伝えるように彼女は首を一度横に振った。このことだって、またどうせそのうちすぐに記憶の彼方へと消え去ってしまうことだろう。それでいい、と彼女はふと頭に浮かんだその光景に、そっと別れを告げた。


さよならメモリーズ
(クレンとキリ/20110821)



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