「ソウちん…これは一体」
目の前で満面の笑みを浮かべている沖田に、龍馬は恐る恐る尋ねた。
「みればわかるでしょ?」
沖田がその手にしているのは、どうみても犬用の首輪と鎖だった。しかし沖田はそのまま嬉々として龍馬へと迫りつつ
「こないだ約束したよね?もし今度勝手に居なくなったりしたら、首輪をつけて鎖で繋いでおくって」
その言葉に、龍馬はうぐっと口を詰まらせながら「た、たしかにそう言ったが、その、これには深い事情が…」などと言い訳しようとするも、当然ながら沖田はそれを「問答無用」と文字通り一刀両断した。
「男なら覚悟を決めなよ、トサカくん」
ダメ押しとばかりに言い募る沖田を前に、龍馬はついに根負けした様子で頭を垂れた。
「仕方ないのう…」
こうして渋々ながらも、龍馬はその日一日まんまと沖田の提案に従う羽目になってしまったのだった。

くすくす…と京の街を行きかう人々の微かな笑い声を耳にして、龍馬は堪らず背後を振り返りながら
「ソ、ソウちん…さすがにこれは勘弁して欲しいぜよ」
と、ほとんど泣きべそに近い声を上げながら訴える。が、沖田はそれをまるで気にする素振りもなく
「え〜どうして?」
それに案外よく似合ってるよ?などと、至極ご満悦そうに答える。龍馬は今、新撰組の市中見廻りのついでに沖田にここまで連れて来られたのだが、当然ながら彼らの姿は今や注目の的となってしまっていた。というのも、未だに龍馬の首には例の首輪が嵌められており、そこへ繋がった鎖を沖田が手にしている図は、何も事情を知らない者からすれば新手の高度な遊びのようにすら思える。実際、笑い声に交じって周囲からは幾つかあからさまな好奇の視線が注がれているのを、無論沖田の方はきちんと気付いているものの、龍馬はそちらにまでは頭が廻っていないようだ。
「し、しかしのう…わしが悪かったから、もうそろそろ許して欲しいぜよ〜」
ただ、さすがに大の大人がまるで犬の散歩みたいに連れまわされているという事実に対する羞恥心はあるのか、龍馬は尚も食い下がる。この通りじゃ!と目の前で手を合わせながら殊勝に頭を下げる龍馬にも、沖田は露骨に不満げな表情を浮かべながら「ええー」と愚痴る。それから「どうしよっかなあ…」などと少しだけ迷う素振りを見せながら、沖田がその髪を自らの指にくるくると巻きつければ、すぐさま龍馬が縋る様にその手を握り締めて「頼む!」と訴えかけてくる。
そんな龍馬が一喜一憂する姿を面白がりつつも、その一方で沖田はどこかその様子を冷めた気持ちで眺めていた。――本当は、自分にだって分かっている。こんな、形だけ取り繕ったところで所詮は意味なんてないことぐらい。今必死で目の前で沖田の枷から逃れようとしているこの男を…その心を、自分だけが掴まえておくことなんて到底出来ないということを。元来独占欲の強い自分からすれば、こんな風に思ってしまうこと自体が不思議なことだった。かつて近藤が龍馬を気に入ったときなどはあからさまに彼に嫉妬したし、土方は自分のものだと、彼にまるで所有権を主張するかのようなことまで口にしたのに。
肝心の、龍馬自身に対してはむしろ、どこかでその存在を繋ぎ止めておくことなど出来はしないと沖田は本能的に勘付いていたのだった。
「…ソウちん?」
いつしかふと黙り込んでしまった沖田に気付いた龍馬が、心配そうにこちらを覗き込んでいた。それにはたと気付いた沖田は、慌てて「なんでもないよ」と口にしながら
「でもさ…こうでもしないと、トサカくんはすぐに勝手に何処かへ行っちゃうから」
思わず、言わなくても良いことまで口走ってしまう。すると案の定、龍馬は一瞬呆気に取られたようにきょとんと目を見開く。そこで沖田が慌てて何かを口ずさもうとするよりも早く
「…そんなことはないぜよ」
「え?」
突然そう言い出す龍馬に、今度は沖田の方が驚いていると
「わしは、ソウちんを置いて勝手に何処かへ行ったりはせんよ」
握り締めた手により一層の力を込めながら、そう言って笑ってみせる。それを見ているうちに、やがて沖田は堪え切れずその場で声を上げて笑った。それから、
「全く、どの口がぬけぬけとそんなことを言うんだか…」
全然説得力ないよ、と苦笑する。そもそも、今のこの事態を招いた原因は何だったのかと、改めて沖田が手にした鎖をかざしてやれば、龍馬はそこでようやく思い出したのか首輪へ手をやりながら「い、いや、これはその…」などと口篭る。そんな龍馬へ、沖田は尚も意地悪な笑みを浮かべてやる。結局のところ、鎖で繋がれていたのは自分の方だったことに気付いてしまったことだけは絶対に口にはしてやらないけれど。


catch my heart!
(龍馬と沖田/20150301)



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