「…海が見たい」 「え?」 リベッタのそんな一言がきっかけで、急遽海まで行くことになった。 ここしばらく連日働きづめだった仲間たちも一緒に。なんとか無理矢理スケジュールに休暇をねじ込んで。当初は突然のことに驚いていた彼らも、実際に現場へ来てからはいつしかそんなこともすっかり忘れたかのように、ひと時の夏のバカンスを思い思い楽しんでいた。 その一群から少し離れて、海岸線沿いを歩くリベッタの後ろから黙ってバルもついてゆく。発案者本人も、さっきまでは一緒になって波打ち際ではしゃいだりもしていたものだが、打って変わり今はただ静かに海から押し寄せる音の響きに耳を傾けている。 「こうしてると、昔を思い出しますね」 ふと、浜辺を歩きながらバルがそう語る。 彼は、遠い日の記憶を手繰り寄せる。かつて、自分がまだ心身共に大人だった頃。同じように、まだ子供であったリベッタからせがまれて、彼女を海まで連れ出したことがあった。懐かしそうに、けれども克明にそんな思い出を一つ一つ掘り起こしながら、彼は話し続ける。まるで、幼い彼女が未だそこに存在しているかのように。 その姿とは対照的に、リベッタはぽつりと漏らした。 「…わらわにとっては、もう思い出すのも困難なくらい昔の話じゃが」 そうか、ずっと眠っていたお主にとってはほんの数年前の出来事なのじゃなと。 どこか納得した様子でそう呟かれて、バルもようやくそのことに思い至った。彼女が、さきほどから自分の話をどこか憂いを帯びた眼差しで聞いていたその理由も。 バルの失われた時間。それはすなわち、リベッタが一人きりで過ごしてきたこの数年間をも意味するのだと。 それは、決してもう二度と還ってはこない。そんな埋めようのない距離感が、刹那二人を包みこうとするが。 「でも、今日は久しぶりに楽しかった」 柄にも無く、リベッタがそう言って素直に笑うので。 「じゃあ、また来ましょう」 反射的に、バルの口からは自ずとそんな言葉が零れ落ちる。 今度は一緒に。 今度こそいつまでも。 |
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(姫とバル/20090814)