花の慕う『兄ちゃん』ことルドセブは花屋を営んでいる。あのルックスに加えて、花などといういかにも女性受けしそうな要素を兼ね備えた彼の店先には、いつもそんなルドセブを慕う客(主に彼と同じ学校に通う学生が大半を占めている)がひしめきあっているが、当の本人はそれらを殆ど歯牙にもかけていない様子だった。その理由を、花はよく知っている。彼自身のそれが、ルドセブの憧れである『兄さん』の模倣であることも。
「兄ちゃんって、誰かと付き合ったりしねーの?」
あるとき、花は閉店後の片付けを手伝いながら尋ねたことがある。ルドセブはきょとんとしたのちに、淡く微笑みながら首を振った。
「そんなの、考えたこともないな」
きっとそれは、言葉通りの意味なのだろう。花はそれ以上何も聞かなかった。聞かずとも、その先は容易に想像がついたからだ。

春先になると、ルドセブはいつもにも増して熱心に花の手入れをする。彼の店で売られている花は、大半は余所で仕入れてくるものだが、いくつかは自家製の温室で育てたものも交じっている。彼の妹であり共に店を営むセイラームなどは、最近そこでハーブを栽培するのに凝っており、彼女の淹れてくれるハーブティはまずまずの美味しさだ(花自身は、香草の匂いがそれほど得意ではない為滅多に飲ませてもらうことはないが)ルドセブも、いくつか仕入先から譲り受けたのであろう種や苗木を自ら育てているようで、花も以前に一株貰ったことがある。
そんなルドセブが、毎年5月12日が訪れると手塩に掛けて育てたその草花を使い、見事な花束を作る。それは、その花束を贈られる相手への愛情に満ち溢れていた。けれども、それはいつも結局相手に受け取られることなく終わってしまう。何故なら、他ならぬルドセブが、それを渡そうとしないからだ。いつも用意するだけしておいて、でも迷った末にやっぱり贈るのをやめてしまうのだ。
花は、どうせ渡せないのならば最初からそんなもの作ったりしなければ良いのに、と思った。実際にそう言ったこともある。けれども、ルドセブはちょっと困ったような笑顔を浮かべただけだった。そこで花は思わず「だったらそれ、オレにくれよ」と言ってみた。しかしルドセブは一瞬驚いたのちに、声を上げて笑った。
「何言ってんだ、お前花なんて全然興味ないじゃないか」
そんな名前してる癖に、と苦笑しながら頭を撫でられた。花は照れくさそうにその手を払いのけながら「仕方ねえだろ、別に好きでこの名前してんじゃねーし…」と、自分にこの名をつけた人物の姿を思い浮かべながら悔しげに呟いた。
実際のところ、花は別にその花束が欲しかったわけではない。それをルドセブはよく知っているし、彼は花の誕生日にはいつも花が欲しがるようなゲームなんかをプレゼントしてくれていた。彼から花を贈られたことなんて一度もない。というよりも、ルドセブがその花を贈る相手は、今も昔も一人しかいなかった。しかし、決して贈られることのないその花束を作るために、恐らくルドセブは今年も大切に温室の手入れをするのだろう。たとえそれが、一生相手に届くことがないと分かっていたとしても。ずっと、ここで花を育て続けるのだろう。その蜜を乞い、ひらひらと舞う蝶々だけを友として。
「どうかしたか?花」
ガラス張りの向こうから射し込む陽の光に晒されたルドセブの眩しさから目を逸らしながら、花はただ一言「…なんでもない」と口にするのがやっとだった。


花泥棒
(花とルドセブ/20130106)



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