深い雪に覆われた森の中を、花とたまおの二人が歩いていく。辺り一面に降り積もった雪は、まるで白い粉砂糖のようにさらさらで、そのうちいくらかはもう既に溶け出しており、もうすぐそこに迫った冬の終わりを感じさせる。
一方、東京では滅多に見ることの無い雪に興奮しているのか、花は一人ででもずんずんとその先へ進んで行こうとする。
「あんまり走ると転んで危ないわよ」
はしゃぐあまり、ついついその先を目指して駆けて出して行ってしまう花の背中に向かい、後ろから心配そうにたまおが声を掛ける。
「へーき!」
だが、当の花は柔らかい雪の上に足跡を残すのが楽しくて仕方がないのか、そんなたまおの忠告にも真剣に耳を傾けようとはしない。空高く昇った太陽に照らされ、反射した雪の白さに眩しそうに目を細めながら、その光に酔ってしまったかのように、花はいつしか目を瞑ったままひたすら遠くへ向かおうとその足を踏み出す。
だが次の瞬間、案の定雪の深さに足を取られたのかやおらつんのめったかと思いきや、花はそのままその場で盛大に尻餅をついた。
「…ほら御覧なさい」
たまおはその様子を見ながら「しょうがないわね」といった様子で肩を落としたあと、そちらへ駆け寄ると半ば雪に埋まってしまったようにも見える花を助け起こした。そしてその姿をまじまじと見つめながら、何故かぷっと息を吹き出す。
「?…何?」
「花ちゃん…あなた、まるで雪だるまみたいな格好になってるわよ」
どうして笑われたのかが分からず首を傾げる花に向かい、たまおはおかしそうにそう言ってまじまじとその姿を見つめる。毛糸の帽子と手袋を身に着けている上、雪があちこちについてしまった花の出で立ちは、たしかに雪だるまみたいに見える。おまけに、まだ小さい花の頭身とその丸い体型が尚更拍車をかけている。たまおは一頻りくすくすと笑いを零したのちに、やおらその手で花の身体についた雪を丁寧に払ってやる。
「けど、今度からはもっとちゃんと気をつけないと駄目よ。怪我でもしたら危ないでしょ」
「はーい」
続いて、今度は真面目な口調でそう説き伏せるたまおに花は今度こそ素直に返事を返す。
それから二人は、次は転ばないようしっかりとお互い手を繋いで、一緒に並んで雪の中を歩いていった。
そんな中、不意に二人の間を風が吹き抜けたかと思うと、たまおは思わずその場に足を止めて佇みながら、急に遙か彼方の方角を見つめ始めた。それは、どこからともなく響いてくる『何か』の声を、必死で聴き取ろうとしているかのようだった。たまおがこのような状態になるのは、実は珍しいことではない。彼女はときどき、気まぐれにこのような行動を起こすことがある。…もっとも、単に花には分からないだけで、たまおはこの瞬間本当に『何か』を聴き取ろうとしているのかもしれない。そしてその度に、彼女は決まって今みたいな不安げな顔をする。
そして花は、たまおにそんな表情をさせる『何か』が、ずっと憎かった。彼女には、いつだって笑っていて欲しいから。だから、花はやおら握った掌にしっかりと力を込めた。すると、たまおがやや驚いた様子で振り返る。花はそちらを真っ直ぐに見上げながら 「母ちゃんは、オイラが守るから」
固い決意を込めた眼差しで、はっきりとそう口にした。
たまおは、一瞬言葉を失う。けれどもやがて、そんな花と繋いだ手を交互に見つめたのち
「…うん」
まるで、涙がこぼれそうになるのを必死で堪えているかのような表情を浮かべながら頷いた。――ありがとう。
それから、顔中いっぱいに微笑む。それを見て、ようやく花も安心したように微笑み返す。二人は互いに笑顔を交わし、そして三度、行く手に伸びる道の向こうへと、その一歩を踏み出した。


ヒバリのこころ
(花とたまお/20061001)



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