ある晴れた夜のことだった。遮る薄い雲ひとつないほど澄んだ夜空に、いくつもの星の光があちこちで瞬いている。もともと民宿炎は都会の喧騒からは外れた場所に建っているので、この時間になると辺りは真っ暗になる。けれども今日は、その闇が却って星々の明るさを際立たせることになった。その夜空の中心には、薄く黄色に染まった月が、ぼんやりとした輪郭を伴い淡く浮かんでいる。
その様子を、縁側で葉がいつものようにぼんやりと眺めていたところへ、ちょうど風呂上りのアンナが通りかかった。
「何、あんた今日もまたお風呂から出たあとここでずっとそうしてたの?」
「おお」
葉はこうして、暇さえあれば空を見ている。それは昼夜問わず、ときには学校の屋上で、ときには橋の上から、そして今のように縁側に座ってただただぼ〜っと景色を眺める。それはもはや葉にとっては癖のようなもので、出雲にいたころからずっとそうしていたから、今ではもう呼吸をするかのように当たり前に行っていることだった。
アンナはそれを、時と場合によっては叱ることもあったが(特に修行をサボったときなど)その実大抵は好きにさせていた。彼の言うように、自然と一体になり、己の心を柳のようにしなやかに溶け込ませるのは、トランス状態を維持するシャーマンにおいてはとても大事なことだからだ。もっとも、葉の場合少々やり過ぎな感を覚えることも少なくはないけれど。
しかし、毎日毎日そうして同じことを繰り返していてよく飽きないものだとアンナは思う。実際にそう口にしてやると、 葉は「そうか?」と首を傾げた。
「けど、そんなに言うほど毎日同じことの繰り返しばかりじゃないぞ?たとえば一昨日は雨が降ってたから、気温や湿度もそうだし、庭の様子もいつもとは幾分違っとった」
そしてそれは、毎日同じ場所で同じものを眺めていたからこそ分かる違いでもあった。
「それに今日は…」
そこでふと、葉が見上げていた月からアンナの方へと目を遣った。眩い月明かりに照らされて、アンナの髪がきらきらと輝いている。
「月が、きれいだしな」
言って、あのいつものゆるい笑みを浮かべる。するとそこで何故か、アンナが一瞬目を見開いた。
「? なんだ、どうした」
「別に…」
何か言いたげに、けれども結局何も口にせずに、アンナは黙ったまま視線を逸らした。
(まあ、こいつにそんな文学的知識があるわけないか)
恐らくは単なる偶然に過ぎないのだろうけれど。そうして再び愛おしげにその美しい月を見上げている葉を、アンナが静かに見返していた。


ムーンライト
(葉とアンナ/20120108)



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