彼が手にした草花を見て、天海は思わず眉を顰めた。「金吾さん、それは…」
そこでようやく自分の後ろからついて来ていた天海の存在に気付いた様子で、金吾が振り返る。すると案の定、彼の口から飛び出た鍋にいれるつもりだというその言葉に
「…それにはたしか、毒があるはずですよ」と口にする。天海はてっきり、それでまたいつもみたいに彼がすぐさま慌てて手にした花を放り出す姿を想像していたのだが、意外にも金吾は落ち着いたまま「知ってるよ」と返した。珍しく目を丸くする天海に向かい彼は更に言い募る。この毒は、毒と言ってもせいぜい口にしたところでお腹を壊す程度のものであること。ただし、正しい手順で上手く処理してやればちゃんと美味しく食べられるということを。やけに詳しいんですねと零す天海へ、彼は得意げに何度も自分の身体で試したからね!と胸を張る。そのあくなき鍋への執着心に感心を通り越して呆れにも似たような眼差しを送っていると、逆に金吾の方から「天海様こそ、よくこれに毒があるだなんて知ってたね」と返されてしまった。咄嗟に「僧ですから」と答えにならない言葉を口にするが、それで金吾はあっさり「ふーん、そういうものなんだ」と納得した様子で再び作業を開始した。彼にとっては、そんなことより今は鍋の具材を集めることが最優先であるらしい。
その背中を見送りながら、天海は遠い昔に自分へその毒について話してくれた女性のことを思い出す。もっとも、彼女は別に自分の身を案じてわざわざそれを教えてくれたわけなどではない。彼女は単に、自分がそれを手にしているのを見ててっきり自分が彼女の夫にまた毒でも一服盛ろうとしているのではないかと疑っていたのだ。濡れ衣ですよと微笑んでみせた自分へ、彼女は尚も疑いの眼差しを浮かべたままだった。そこで、生のまま手にしたそれを自ら口にしてみせ「ほらね?」と咀嚼したまま呟けば、彼女は驚きながらも「もう分かったから、さっさとそんなもの吐き出しなさい」なとと慌てていたっけ。 そんなことをつらつらと考えているうちに、気付けば金吾の姿が随分と遠ざかっていることに気付いた天海は、ようやくゆっくりとそのあとを追い始めた。


悪の華
(烏城と明濃/20140330)



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