「…で?これで何人目だ。蘭」
珍はこの愛娘を前に、今や頭を抱えたい気分になっている。
「さあ? いちいち数えてなどいませんから正確な人数は把握しておりませんけれど、ざっと百人は下らないかと」
事も無げに言ってくれる。
まったく、娘の見合いにも困ったものだ。一応、こちらとしてもあれこれ手を尽くして相手を見繕ってくるものの、一向に彼女のお眼鏡に適う者は現れない。最初はむしろ面白がって状況を静観していた父も、そんな娘のあまりの偏狭ぶりにさすがに焦りを感じ始めていた。もしや彼女は、このまま誰とも添い遂げるつもりなどないのではないかと、頭の片隅で疑いを抱くほどに。
「けれども、所詮数など大した問題ではございませんわ」
だが、珍の心配を余所に当の蘭は扇子を片手に口元を覆い余裕の表情を見せる。それは慎ましやかな仕草ながら、口を突く台詞とその内容は、どこまでも堂々たるもの。
「真に必要なのは、わたしの夫という存在のみならず、道家の主に足る器」
にっこり。そんな形容詞がぴったりと当てはまるいい笑顔で。「それに、急いては事を仕損じるとも言います」
蘭は、珍を安心させる意味も込めてそのように述べた。
彼女は、待っているのだ。そんな存在が現れる日のことを。信じている、といってもよい。そして、そのためならば多少無為な時間を過ごさねばならないことも。楽しみがのちに延びているのだとでも思えば、それもまた一興。
「時が来れば、いずれ…」
そして、彼女のその予言は、そう遠からぬうちに的中することになる。

*

恭は、今でもあの日のことを回想してはその度にしみじみと口にする。
「こうして思い返しても、あれは実に見事な手捌きだったね」
周も、毎回繰り返される話題にいい加減飽き飽きしつつ、その点に関しては同意を示す。
「ああ。他の連中と違い、あの男は最初から『彼女』だけを狙っていたからな」
そもそも、あれは最初から見合いと呼べるような空気ではなかった。もっともその頃には、蘭の施す『見合い』ももはや有名になっており、相手の側もある程度はあの場で行われている実態を予め知っていた者の方が多かったが。
だがそれでも、他の求婚者たちは皆蘭のその見事な美しさに見惚れ、そして侮り、結果としては惨憺たるものばかりだった。或いは、道家の財産に目が眩んだような権力目当ての者に至っては蘭のことを端からそのおまけ程度にしか考えていなかった輩すら存在した。
ところが、円は見合いの席にその姿を現したそのときから、まるでどこかの決闘に赴く戦士の如き雰囲気すら醸し出していた。その上彼は、溢れ出す自らの野心を隠そうともしていなかった。それまでの人間が、皆その姑息な思惑を隠そうとして隠し切れずに滲み出てしまっていたのに対し、円は初めからそれをむしろ剥き出しにして挑んできた。
そして彼は、見事正面から蘭を粉砕したのだ。
「けれども無論、あのとき俺が本気を出していたなら、ああも簡単にやられはしなかったが、な」
周がその自信家の一面をチラリと覗かせると
「まあ、僕らは文字通り単なるお嬢様の『露払い』だったからね」
恭もあっさりそう言ってのける。あのときの彼らの役割は、あくまでも勝負を仕掛けてきた相手が果たして道家の婿として相応しいかどうかを見極めること。選定とでもいえば聞こえはいいが、品の無い言い方をすれば要するに恭の言った通りだ。もちろん、負けた者は容赦なく自分達の同類、すなわちキョンシーにされてしまう。
とはいえ一応名目上は『見合い』である以上、その資質をはかるという目的ゆえに、彼らとてまともにその力を見せつけるような真似はしなかった。もっとも、一番の理由は、そこまでしなければならないほどの実力を伴った相手が、それまで円の他には一切現れなかっただけだというのが大きいのだが。
蘭にしろ、もとよりそのつもりで、わざわざ彼女自ら彼らを率いてあの席に臨んでいたのだろうから。
「…しかしまあ、アレで一目ぼれしたお嬢様もお嬢様だがな」
「そうだね」
恭や周の存在には目もくれず、円が真っ先に狙ったのは、彼らを操る蘭の方だった。霊でなく術者の方をまず落とすというのは、シャーマン同士の争いではたしかに有効な戦法ともいえるが、それまで蘭自身へ矛先を向けてきた相手は、円が最初で最後だった。
今まで誰もそれをしなかったのは、蘭が女性であるがゆえに気を遣ったのか、はたまた単純に彼女のシャーマンとしての力を軽んじたていたのか。
どちらにせよ、あそこまで正面から仕掛けてくるとはさすがに彼らも、また蘭本人も思いもよらなかったのか、虚を突かれそこに一瞬の隙が生まれた。
円はそれを見逃さず、容赦なく蘭に刃を突き立ててきた。
そしてよりにもよって、喉元に剣を突きつけられ、彼の殺意のこもった鋭い目線で射抜かれたあの瞬間、彼女は恋に落ちてしまったらしい。
「まったく。お嬢様の世間知らずにも困ったものだ」
「でも、対する旦那の方は旦那で、出会い頭こそああいう喧嘩腰だったものの、今やしっかりその他大勢のお嬢様に骨抜きにされた、数多の連中の仲間入りだしね」
それに、実をいうとかくいう円の方も、蘭に一目ぼれだったりする。周や恭は知らなくても当然の話だが、しかし厳密にいえば円は蘭を初めてみたときは別段特になんとも思わなかった。道家の令嬢として見なしてはいたが、一人の女としての関心はなく、そういった興味すら湧かなかった。さすがに容姿そのものは美しいと思ったが、それ以上の感情は浮かばなかった。そのころの円の心中は、分家筋の道士として本家の君主という頂点に君臨しようとする悲願ともいうべき野望が大半を占めていた。
だが、細く白い首元に切っ先を突きつけられ。文字通り彼の手にその命を握られ、生か死かの危機に晒されても尚美しく微笑んでみせた蘭に、円もまた恋に落ちたのだ。
そのとき彼女が浮かべたあの笑顔はまさに、彩鮮やかな花が咲いたようであった。
「仕舞いには、僕らがあんまりにもお嬢様の身辺に始終付き従うものだから、持ち霊相手に嫉妬までする有様だもの」
この蘭の持ち霊である二体のキョンシーたちは、彼女の身の周りの世話をするという役割も兼ねていたので、円が夫となってからも変わることなくそれを続けていたら、結果として夫婦水入らずの場面を邪魔するような形になってしまう事態も多々あった。まあそのうちの半分くらいは、彼らが意図的に二人の間に割って入っていたのだが。
それでも当初は、道家の大切な令嬢でもある蘭を、いくら自分たちを出し抜き曲がりなりにも倒したとはいえそう簡単に余所の男の手に任せるわけにはいかないとばかりに牽制、或いは円の器を試す意味も含めてそうしていたのだが。
そのうち、そんな円の反応を見るのが面白く、味をしめた彼らはいつしか単に円をからかうのが目的で、敢えて必要以上に蘭を構う素振りを見せつけたりもしていた。
円はといえば、そんな彼らを無論のことよく思うはずなどなく、内心苛立ちを募らせる日々だった。
だが、かといってそれを露骨に態度に出すのも男らしくないとでも思ったのか、見栄を張りどうにか必死でそれを抑えようとはしていたようだが、周囲からみればバレバレなところが、また哀れでもある。
「けど、それをみんな知っていながら、それでも敢えて俺たちをはべらせて、あいつの反応をみて楽しんでるあのひともかなりどうかと思うが」
周は、自分のことは一旦棚に上げてそんな風に思う。あれはあれで相当いい性格をしている。
挙句の果てには、そのような円の態度を可愛いとまで称する彼女の神経は、もはや自分には理解不能な領域だった。恭ほどでないにしろ、かなりの美男子であり生前にはそれなりにモテたが、彼ほど女性の扱いに長けているわけでもない周には、そのような蘭の女心など読めるはずもなく、到底お手上げだ。
「そう?かわいいじゃない」
しかし恭はあっけらかんとそんなことを言ってくる。おいおい、と周はその言い草にさすがに呆れてしまう。
「どっちが」
「たぶん、どちらにとっても」
恐らく、相手にとってのお互いの存在というものが。そしてそれが、ようするに人を好きになるということなんだろう。


かわいいひと
(円と蘭/20090315)



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