事の成り行き自体は実に単純だった。出先で、エルエルフたちの乗ってきたバイクが特に理由もなく突然壊れてしまった。修理をしようにも、辺りには碌な施設すらないほどの田舎で(だからこそ其処を訪れる為には普通の交通機関では到底無理だったので、わざわざこうして別の足を調達したのだ)それでもどうにか方々に連絡を取り修理の手筈を整える目処がついた頃には、もはやとてもではないがその日中に帰れるような時間ではなくなってしまった。自分一人だけであったならばともかく、連れであるリーゼロッテをまさか野宿させるような真似をするわけにもいかずに必死で周辺を探した結果、どうにか今晩泊まれる場所が一件見つかっただけでも幸運と呼べるだろう。たとえそれが、世間一般では所謂ラブホテルと呼ばれるようなところであろうとも。
一応知識として本来そこがどういった目的で足を運ぶ場所なのかぐらいは知っていたが、背に腹は変えられない。何より、たとえその形態がどうであれ一夜を明かすには差障りのない設備は整っていた。むしろ、見様によっては一般のホテルよりも充実していたくらいだ。やけに広いベッドやバスルームを、物珍しいのか部屋に入るなりリーゼロッテは興味津々にきょろきょろと見渡していたが(当然ながら彼女の方もこういった場所に来るのは初めてのことであったようだ)しかしながらそれ以上に特別動揺しているような様子は微塵も見受けられなかった。致し方のない事情とはいえ、さすがに多少は身構えていたエルエルフに対して落ち着いたものだ。そういうのを見ていると、何だか改めて自分の方が一人意識過剰になってしまっていたようでエルエルフは思わず肩の力が抜けてしまう。そこでふと、見計らったかのようにリーゼロッテがこちらを振り返りながら
「あ、それじゃお風呂先に使って下さい」
たぶんわたしの方が時間がかかってしまうからと、そう言ってバスルームの方から顔を覗かせた彼女に思わず「いや、自分はあとで…」と半ば反射で先を譲ろうとする。するとそこで、何を思ったかリーゼロッテはおもむろに考え込むような仕草を加えたのちに
「…なんなら一緒に入「分かった、先に済ませてくる」
彼女がみなまで言い終えるのを遮る勢いでそう口にするなり、すれ違う形でそそくさとバスルームへ向かっていくエルエルフの背後から必死で笑いを堪えているかのような気配が漂ってくるが、どうにか気付かぬふりを貫いた。全くこれだから…と、そもそもこのような事態を引き起こした原因のうちの幾ばくかは己自身であることを承知の上で(それでも、やはり事の発端からしてもはやこれは事故というに相応しいのではないのかとすら考え始めた)彼はその、どこにもぶつけようのない複雑な己の胸の内に湧き起こる感情を呪うような気持ちに陥ってしまうのだった。

おまけにシャワーを浴びて戻ると、ベッドの上では既にリーゼロッテが待ち草臥れてしまったのか、無防備にその身を投げ出しながら先にすやすやと眠りに就いていた。そこでさすがに、もはや限界とばかりにエルエルフはその場で大きく脱力した。必死で色んな雑念やら何やらを振り払おうと葛藤していた先ほどまでの自分が実に滑稽に思えてくる。もっとも、そんなの最初からずっとそうだったのかもしれないけれど。
完全に気が抜けてしまい、思わず空いているベッドの端に腰を下ろしながらエルエルフは改めて、その安心しきって寝入るリーゼロッテの横顔を見下ろす。随分と信頼されたものだなと少しだけ自嘲気味に思う。けれども一方で、それはエルエルフ自身をも安心させるのだった。そしてそこでようやく、本当の意味でそれまで張り詰めていた緊張の糸のようなものがぷつりと切れたように、エルエルフは気付けばいつしかその隣で同じように眠り込んでしまった。
 そうして、彼が深い眠りに落ちるのと入れ替わるようにリーゼロッテはゆっくりと伏せていた瞼を開いた。本当は、エルエルフが自分の傍まで来た時点で意識は冴え渡っていたのだけれど、敢えてそのまま寝たふりをし続けていたのだ。たぶん、きっとそうでないと彼は今みたいに自分の前で緊張を解いて眠れないであろうことが、リーゼロッテには分かっていたので。エルエルフのそういうところを、むしろ自分はとても好いてはいるのだけれど、一方で未だそうさせてしまうことへ僅かながらもどかしさのようなものも感じでいた。たぶんそれはちょうど、さっきエルエルフが自分の前で安心したように眠っている彼女を見ながら感じていたのと似たような心境で。
ただ、リーゼロッテの方は同時にそれ以上のことも気付いていた。自分が、彼のそういったところに実のところは甘えているのだということを。エルエルフ本人はきっと思いもよらぬ事だろうが、彼女だって本当はそれなりに今のこの状況に浮き足立っていたのだ。それを気取られぬよう、敢えて彼の前でああいった振る舞いをしてしまうくらいには。恐らく、向こうは自分のことをまだまだ未熟だと思っているのだろうけれど、それは彼女にしたって同じだった。それでも、今のリーゼロッテにはそれすら愛おしいと思えるのだ。だから――
ごめんなさいと小さく呟いて、目の前にあるその安らかな寝顔を起こさぬよう音を立てず彼女はそっと静かに手を伸ばした。


ローテク・ロマンティカ
(現代パロディエルリゼ/20140629)



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