「まだ小平君と連絡つかないの?」
先ほどからずっと携帯を何度も確認している秋津に向かい、真琴が後ろから声を掛けた。突然のことだったので、秋津は驚いてそちらを振り返る。
「どうしたんだろうね、小平君。いつもは時間に遅れたりなんてしないのに…」
しかし、真琴はそんな秋津の様子を気にすることなくそう呟く。今夜は真琴の年に一度の恒例となった誕生日会で、もちろんルネも招待されていたのだが、既にパーティが始まってから随分時間の過ぎた今になっても、まだ彼はこの場に姿を見せていない。これは普段時間には几帳面なルネには珍しいことだ。秋津は先ほどから何度もルネにメールを送っているのだが、その返事も一向に返ってこない。もしや彼の身に何かあったのではとさすがに心配しかけていた矢先に、ちょうど真琴から声を掛けられたのだ。
「ああ、でもそういえば大和君もまだ来てないみたいだね。もしかして一緒なのかな?」
指摘されて、そこで秋津もようやくルネだけでなく彼の親友の大和もまだ来ていないことに気がついた。
たしかに、真琴の言うとおりその可能性は高い。そういえば毎年あの二人は一緒に待ち合わせてパーティへ来ることが多かった(しかし、いつだったか大和は律儀に彼を待っていたルネを置いて一人で先にやって来たことがあり、あとで秋津がそんな大和をしめた過去もある)おまけに、昔から大和はなぜかこういうときに限ってトラブルに遭う性質がある。それにルネが巻き込まれたような出来事も数知れず。今回ももしやそのパターンか。
あの野郎…また小平を妙な事に巻き込んだりしてたら承知しねえぞ、と秋津は一人胸の内で呟きながら、そこでふと目の前の真琴が、言葉とは裏腹にさして何も気にしていないような様子に思わず問い掛けた。
「なあ、狭山」
「何?」
「いや…そういえば、狭山は大和にメールか何かしたのか?」
「ううん、別にしてないけど」
あっさり即答されてしまい、秋津はちょっと呆気に取られてしまう。けれども真琴はそれすら全然気にした様子もなく
「まあ、大和くんのことだからそのうち来ると思うけど」
きっぱりとそう言った。まあ、たしかにあの大和のことだから真琴の誕生日会とあらばたとえ何があろうと絶対に来ようとするだろうけれど…。今の真琴の態度は、そんな大和への信頼のあらわれなのか、はたまた単に、秋津のように彼の身を案じるほどは別段気にもしていないのか図りかねるところがあった。
「それに、もしほんとに大和くんと一緒ならきっと大丈夫よ」
そう言って、まるで秋津に「だから安心して」とでも伝えるかのように微笑みを浮かべた。秋津がそんな真琴の言葉に茫然としている隙に、真琴は彼女を呼ぶ了の元へと行ってしまった。
了と談笑している真琴を遠目で眺めながら、その場に取り残された秋津は、少しだけそんな真琴の様子に戸惑いを抱いていた。秋津の目から見ても、真琴と了はそれなりにお似合いだ。真琴の相手として了は申し分ないだろうし(それこそ、スペックを比較すれば大和など足元にも及ばない)真琴自身、彼に好意を抱いてるのは間違いないだろう。
にも関わらず、真琴が大和に寄せているあの信頼は一体何なのだろう?そもそも、それは本当に信頼によるものなのだろうか。それは、無関心と紙一重のように思えなくもない。しかしながら、今の秋津にはそんな真琴の真意がさっぱり読み取れなかった。

「女って…よくわかんないな」
秋津は、その何を考えているのかいまいち掴めない友人を遠巻きに見つめながら、思わずそんな風に零していた。


女心と春の夜
(真琴と秋津/20111023)



inserted by FC2 system