すっかり日も落ち、もはや校舎からは人気もほぼ消え失せた今も尚、まだ明かりの点っている職員室の前を通りがかったアマデウスがついその中を覗いてみれば、そこでは旧友であるカインが机の上に大量のレポートを積み上げながら、一つ一つ丁寧にそれを手に取って読み耽っていた。
「何だ、まだ残っていたのか」
声を掛けると、カインは手元から伏せていたその視線を上げながら
「ああ、今回の課題は見応えのあるものが多くてね」
なかなか評価のし甲斐があると述べれば、若干興味を惹かれたのか「ほう…」と声を漏らしつつ近付くアマデウスへ、カインはレポートのうちの一つを手に取り受け渡す。多元宇宙論とは、高校生相手にまた随分と思い切ったなと呟くアマデウスに、カインはむしろこの年代の彼らの方が、この手の話題に夢中になるものだよと訳知り顔で口にする。実際、中にはかなり専門的な知識に基づき詳細に記された内容ものもあれば、一方ではそれこそ到底レポートとは呼べない稚拙なレベルのものまで多種多様であったが、カインにはそれも全て計算の内だった。それに、どちらかといえば彼はそういった、自分のような大人では思いもつかない視点から書かれたものを読まされる事を期待して、今回のテーマを決めたのだ。果たして彼らがどのような角度から切り込んでくるかと楽しみにしていたが、皆それなりにそれぞれ個性に満ち溢れた内容となっている。明らかに締切時間に間に合わず最後無理矢理提出した『彼』を除けば、今回は概ね高評価を与えてやっても良いだろう。
そんなカインの様子に、アマデウスは「…相変わらず楽しそうだな」と肩を落とす。ああ実に愉しいよと返す友人を見て、彼はある意味カインが教師という職に留まってくれているおかげで、世界は今も平和であるのではないのかとすら感じた。これが世が世なら、そして彼の立場が立場であるならば果たしてどうなっていたことか…と、アマデウスは思わず自分もそんな命題に則るかのように想像してしまう。友人として、また先生としてならばともかく、これが仮に上官と部下だったりしようものならば、その労苦は恐らくは計り知れまいと、思わず彼の受け持つクラスの生徒たちの顔を思い浮かべながら嘆息する。試しに口に出してそう言ってやると、カインは「それはそれで面白そうな世界観だな」などと同じくその想像に頭を巡らす。
するとそこで、
「…そんなところで二人揃って何をしているんですか」
いつの間にか、職員室の扉の前でクリムヒルトがどこか呆れたような表情でそんな二人の様子を眺めながら佇んでいる。もうとっくに消灯時間は過ぎていますよと告げる彼女へ、カインは気にする様子もなく、いや今ちょうどパラレルワールドの話で盛り上がっていてねなどと口にする。「はあ?」と訳の分からぬ様子で首を捻るクリムヒルトに、彼らは思わずしれっとその顔を見合わせながら
「…いや、しかし彼女が副官というのはなかなか悪くはないな」
「ふむ、確かに」
二人がそんなことを話しながらじっと自分を見てくるので、クリムヒルトはますます訝しげに顔をしかめた。
それから静かに
「――ところで、もうそろそろ帰りたいのですが構いませんか」
彼女は手にしたマスターキーを掲げながら、今日は自分が鍵当番なのだという事実を告げたところで、カインは「ああ、それはすまなかった」と、相変わらずちっとも悪びれた様子も無くいつもの鋼鉄みたいな笑顔のままで、ようやくそこから立ち上がるのだった。


青春生き残りゲーム
(学パロ大人組/20140503)



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