「天馬」
「シュウ!」
ゼロエクストリームとの戦いを終え、ゴッドエデンをあとにする雷門一同のうち一人の背中へ向かい、シュウはそっと声を掛けた。
信介たちと話していた天馬が、すぐに気付いて振り返りこちらへと駆け寄ってくる。
「わあ、わざわざ見送りに来てくれたの?」
天馬の嬉しそうな様子に答えるように、シュウも優しく微笑む。
「ありがとう、シュウ」
それから、はたと天馬は気付く。「あ…そういえば、シュウはこれからどうするの?」
やっぱりこの島に残るの?と尋ねた天馬に、シュウが頷く。
「うん、ここが僕の居場所だから」
そっか…と、天馬は一瞬少しだけ寂しそうな表情を浮かべる。
が、すぐにまたいつもの明るい笑顔で
「じゃあ、またいつか会いに来るね」
「えっ」
予想外な天馬の言葉に、シュウが驚いて目を見開いた。
「ホーリーロードで優勝して、オレたちのサッカーを取り戻したら、また会いに来るよ」
天馬は言う。そしてまた一緒にサッカーしよう、と。
「今度は負けないよ!」
そんな天馬に、ついに我慢しきれずシュウが声を上げて笑ってしまう。
「あはは、やっぱりおもしろいなあ天馬は」
「え…そうかな?」
きょとんとする天馬に対し、シュウは「そうだよ」ともう一度笑った。
「それじゃ」
船に乗り込もうとする天馬たちへ、最後にシュウが声を掛ける。
「うん、またね!シュウ」
そう言って手を振る天馬に、シュウはただ黙って微笑み返した。

*

「…あいつらは行ったのか」
「白竜」
天馬たちを見送ったのち、森へと向かおうとしたシュウを呼び止めるように白竜が声を掛けてきた。
「君はまだ残ってたんだ」
「ああ、最期にお前に訊きたいことがあったからな」
そこで徐に真っ直ぐこちらを見据えている白竜へ、シュウは静かに向き合う。
「…お前も、逝くのか」
やがて、白竜の口から漏れたのはそんな一言だった。だが、シュウはさほど動じる素振りも見せず、ただ少し感心した様子で「へえ、気付いてたんだ」と意外そうに口にしただけだった。
「確信はなかったがな」
白竜は素直にそう口にした。ただ、雷門との試合中に、一度自分は彼の手を掴んだ。あのときに、ふと気付いたのだ。もしかして、と。それまでにも何度かシュウという存在に抱いていた疑問が、不意に晴れたような気がした。だから鎌をかけてみたのだが、どうやら当たっていたらしい。
「お前は、それでいいのか」
思わずそう口走る。それでも、シュウの瞳は揺らがない。
「奴ら…雷門との決着も、まだついてはいないのに」
だが、そんな白竜にシュウは首を振ってみせた。「いいや、もう決着はついたよ」
全てに、ね。
(それは、お前自身の『決着』だろう)
そう思ったが、白竜がそれを口にすることはなかった。今のシュウを見ればわかる。彼はようやく今、彼のいう「呪い」から恐らくは解放されたのだ。シュウの言葉を借りるならば、サッカーが笑っているところをようやく見れたおかげで。
「じゃあ、さよなら。白竜」
別れを告げ、シュウは背を向けて森へと去っていく。
その先には、この島に古くから伝わるサッカーの神様と言われている像と、その傍に寄り添う子山羊が、シュウを出迎えるように佇んでいた。かつてあの像のことを尋ねた白竜に対し、「神様は言いすぎだけど」とシュウが謙遜していたのをふと思い出す。そうだな、たしかにあれは『神様』などではない。
自分の視界から消えてゆく背中を、白竜にはただ見送ることしか出来ない。
しかしそれは最初から分かっていたことだ。彼を引き止めることは、あの天馬ですら叶わなかったのだから。それにしても狡い奴だと白竜は思った。天馬の前では口にしなかった台詞を敢えて自分には残したシュウに対して。
シュウの闇ごと包み込んで照らしだした天馬のことを、自身の放つ光とぶつかり合ったせいで、その眩く霞んでしまった姿を白竜は上手く思い出すことが出来なかった。


夢じゃない
(天馬とシュウと白竜/20120117)



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